いきなり!ステーキの広報戦略。ラグビー日本代表の「誠実さ」との共通点
全国にチェーン展開する「いきなり!ステーキ」各店で、社長直筆の「お客様のご来店が減少しております」と訴える張り紙が話題になっています。
「普通言うか?」「逆効果だ」という否定的な意見が多いようです。
私もこのメッセージはリスクが高く、いきなり!ステーキの経営改善に貢献するかは未知数だと思います。
ただ、今の社会的な風潮として、ウソや隠ぺいが横行。自己の非を認めなかったり、うわべを取り繕ったりするケースがひんぱんに見られます。
こうした中、社長が自らの弱みをあらわにさらけ出し、ど直球で来店を訴えるメッセージを社会に発することには、私は「社会的な意義」を感じました。
お客様が減って困っている。はっきり言って、程度の差はあれ、世の大多数の会社はそうではないですか?
しかし、その窮状を正直に吐露したトップがいたでしょうか?
私は、これから広報トレンドとして、「正直」「誠実」が来るだろうと予想しています。ウソや隠ぺいは通らなくなり、正直な個人や企業が増える。
その発端は、その誠実さあふれる姿で今年日本中を熱狂に巻き込んだラグビー日本代表です。
いきなり!ステーキは、高級料理の立ち食いというトレンドに乗って成長しました。今回も、トレンドの先を行くこの会社らしいメッセージではないか、と密かに感じています。
目次
いきなり!ステーキ今回の張り紙
すみません、私はまだお店の現場を見てないんですけど、Yahoo!ニュースによると、以下のような文面です。
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「社長からのお願いでございます 従業員、皆元気よく笑顔でお迎えいたします」
「いきなりステーキは日本初の格安高級牛肉の厚切りステーキを気軽に召しあがれる食文化を発明、大繁盛させて頂きました。今では店舗の急拡大により、いつでも、どこでもいきなりステーキを食べることができるようになりました」
「しかし、お客様のご来店が減少しております。このままではお近くの店を閉めることになります。従業員一同は明るく元気に頑張っております」
「創業者一瀬邦夫からのお願いです。ぜひ皆様のご来店を心よりお待ちしております」
張り紙情報が拡散した経緯
Yahoo!ニュースによると、2019年12月8日、店舗の張り紙を見た人が、ツイッターに写真を投稿。するとネットユーザーの反響を呼び、次々と広まっていきました。
ネットのざわつきを察知したネットニュースサイトが、この件の記事をアップ。
すると12月10日、Yahoo!ニュースがトピックスで取り上げたため、さらに拡散していきました。
・張り紙→SNS→ヤフーニュース
多くの企業人が憧れるヤフートピックスへの掲載。それは、たった1枚の張り紙から端を発したのです。
張り紙を出した意図は?
張り紙メッセージがネットで物議をかもすことについて、会社はおそらく予期していはずです。
飲食チェーンのトピックはネットユーザーが好み、すぐ話題になるからです。
広報担当者は、客減少を世間にさらすリスクと、話題になるメリットを天秤にかけたことでしょう。
ただ、このメッセージは常識的に考えればリスクが高いのは間違いない。
それでも実行に移したのは、損得を抜きにして、「お客様に直接メッセージを伝えたい」という一瀬社長の真心ではないでしょうか?
合理的な判断からは決して生まれないであろう、常識から外れたメッセージです。
広報PRの観点
①逆張り
広報PRで社会にインパクトを与える基本的な原則の一つは「逆張り」です。世間の常識と違ったことをすればニュースになる。
「うわべを取り繕うこと」が日本社会でなかば常識となっていた中、客減少を白状するのは、まさに逆張りです。
この観点から、今回の社長直筆メッセージが話題のニュースになったのは狙い通りだったかもしれません。
②トレンドに乗る
そして広報PRの基本原則のもう一つは、「トレンドに乗る」ことです。
今年のラグビーワールドカップで、ラグビー競技そのものへの注目が集まり「5つの憲章」がたびたび報道で取り上げられました。
品位 (INTEGRITY)
情熱 (PASSION)
結束 (SOLIDARITY)
規律 (DISCIPLINE)
尊重 (RESPECT)
(参考:ラグビー憲章)
今年の流行語大賞は、「ワンチーム」でしたね。
エゴに走りがちな風潮の中、日本代表メンバー同士が正直に誠実に向き合わなければ、ワンチームになれなかったはず。
そして、日本代表選手たちの清々しさ、誠実な受け答えに胸を打たれる人たちが続出しました。
一瀬社長の今回のメッセージが、こうした「誠実さ」のトレンドまで先読みしていたものだとしたら・・・深読みしすぎかもしれませんけど。
ラグビー日本代表選手も来場を呼びかけた
ラグビーは今はブームになりましたが、お客さんが来ない冬の時代が続いていました。
ラグビー人気が低迷する中、ラグビー界トップの代表選手らが必死に「スタジアムに来てください」と、何年も前から呼びかけてきました。
ラグビー日本代表選手も、自分たちの損得抜きでメッセージを発信し続けてきたのです。
そしてワールドカップという大舞台で見せた彼らの献身的な戦いぶりと誠実な受け答えに、数多くの人が、日本人本来の「誠実」という美徳を思い出しました。
そうした素地が、もしかしたら無意識的に社長が「来店を呼びかけよう!」というメッセージにつながった面があるかもしれません。
もちろん、自己利益と関係なくラグビー界の発展のために呼びかけたラグビー選手と、自社利益のために来客を呼びかける一瀬社長の行為は、同列には扱えません。
いきなり!の失敗は「普通」になったこと
広報としてはインパクトのあるメッセージを発信し続けてきたとはいえ、やはり最近のいきなり!ステーキの経営が失敗続きだったのは否めないでしょう。
・ステーキの安い立ち食い
=>常識外れ!
だから、大いに話題になり、ブームとなりました。しかも立ち食いイタリアンの成功など立ち食いはトレンドでした。
ところが近年は、座れる座席が増加。そして料金の相次ぐ値上げにより、
・座って食べる高いステーキ
と「普通」になってしまったのです。
私も2014年オープン間もない銀座の店舗の行列に並び、初めて食べた時には「これで千円か!」という驚きと感動がありました。
当時、Yahoo!ニュースにも記事を書きました。
立ち食いステーキが人気 年内に都内10店、NYにも出店へ(Yahoo!ニュース)
しかし、最近ではお昼のランチでも300グラムのステーキが1500円。
これでは全然お得感がなくなり、僕自身も足を運ぶことが減りました。
いきなり!ステーキは、いつの間にか「普通のお店」になっていたのです。
成長志向から、脱成長トレンドへ=年輪経営
経営の世界では、急成長を求めるのが常識でした。しかし、このトレンドにも静かな変化が起きています。
長野県の伊那食品工業の取締役会長、塚越寛さんは「急激な成長には、必ず急激な落ち込みが来る」として、一時の急激な成長を戒めています。
それで、樹木がゆっくり樹齢を重ねて年輪を増やすように、じっくり成長しようという「年輪経営」を提唱しています。
塚越さんの元には、トヨタやパナソニックなど、日本を代表する企業から講演依頼が殺到しているそうです。
なぜ、塚越さんが「年輪経営」を志向するようになったのか、以下の記事から抜粋します。
健康志向から派生した寒天ブームがあった2005年の経験からです。求めているお客さまがいるのであれば応えようという思いから、昼夜を徹しての増産に踏み切りました。
ですが、寒天ブームは1年で収束。伊那食品工業としては、設備投資まではしなかったため、大きな痛手は被りませんでした。
ですが、急激に1年間だけ売上が伸びたことで、当然翌年は、売上も利益も前年を下回ることになり、その後数年間は後遺症を抱えました。
寒天ブームを経験したことで改めて、一過性の急激な成長ではなく、成長をし続けることの大切さ・正しさを知ることになりました。
年輪経営とは、樹木の年輪のように、少しずつ確実に成長していくことなのです。
(引用)『年輪経営』伊那食品工業 取締役会長 塚越寛氏 「いい会社のつくり方」
いきなり!ステーキもブームでしたから、いつかはブームが終わる時が来るのは当然です。
トレンドを読むことに長けた、いきなり!ステーキの一瀬社長は、きっとこの新しい企業トレンドにも気づくのではないでしょうか?
私もステーキは大好きですから、これからも安くて美味しいステーキが食べられるようにがんばってほしいものです。